2018年3月31日土曜日

千尋の谷









珍しく携帯が鳴り続けている。
最近はLINEにしろWhatsAppにしろMessengerにしろ、とにかくメッセージでの連絡が多い。なぜアプリを使い分けるのか。皆が同じアプリを使ってくれれば楽なのにと思う反面、どのアプリでも簡単にメッセージを見ることはできるし、そう不便でもない。

携帯を確認すると、相手は寮生活中の息子バッタ。
パック(イースター)のロングウィーケンドはパリの父親のところに行く予定だが、どうかしたのだろうか。

「具合が悪いんだ。熱が38度8分ある。」
辛そうな声が届く。

フランス人と日本人は一般に体温が1度は違う。37度で微熱があって辛いなどと言おうものなら、フランスでは驚かれるか馬鹿にされる。なぜなら、彼らの平温が37度以上なのだから。

働く親にとり、子供の病気とヌヌ(ベビーシッター)の休みは、できるなら避けたい事態。バッタ達が起きる時間には会社にいた私にとって、子供が病気だからと飛んで帰る余裕はなかった。我が家の辞書には「病気」も「医者」もない、と言えるほど、バッタ達はなんとか乗り切った。熱があれば一人でベッドで寝て回復を待つ。

だから、息子バッタからの電話に、声を失ってしまう。しかし、さすがに学校の寮だけあって、医務室もスタッフも充実しているらしく、午後には医者に診てもらえると言う。皆が授業を受けている間、閑散としている寮で一人寝る心細さを思う。
咳をしても一人。

「ママにできること、ある?」
「ない。」

そう言って電話は切れた。

夜、その話を末娘バッタにする。
「ママ、言っちゃったんだ。それって言われると一番つらい言葉だよ。」
え?どうして?何がなんだか分からない。
「だって、別にママにどうかして欲しいわけでもなくって、ただ、ママに聞いて欲しかっただけだもん。」
そうか。

生姜をすりおろして、レモンを絞り、蜂蜜を入れたホットドリンクを作ってあげたい。

二年前、中国に留学していた長女バッタから熱がひどくて声も出なくて寝ていると連絡が入ったことを思い出す。あの時も、何もしてあげられなかった。

彼らは、こうして、自分たちで困難を乗り越えていくようになるのだろう。黙って見守るしかできない。

幼い頃、獅子は我が子を千尋の谷に落とす話を母から何度聞いたか。厳しい母だった。泣きながらその話を聞いて、自分がライオンの子にまるでなったかの様に思い、どんなことがあっても、這い上がって行こうと思った。

千尋の谷に子を落とす程肝が据わった親ではないが、結果的に色んな場面で、谷に落としてきたのだろう。その度に這い上がってきたバッタ達。

そろそろバッタのネーミングも変える頃なのかもしれない。
ひとり、冷たい芯が残った春の風を頬に受けながら、暮れなずむ空を仰ぐ。






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2018年3月25日日曜日

春を探しに







先週は寒さが戻り、三寒四温とは言うものの、雪までちらつく程に。せっかく咲きほころび始めた花は、すっぽりと雪を被り、大いに慌てたに違いない。







今日から夏時間に乱暴に変えられたものの、外の空気は未だ冷たさを残している。

二週ぶりに森に続く道に足を運ぶ。



木々の芽が思った以上に膨らんでいる。


森に入ると、ぬかるみで足を取られそうになりながら、慎重に歩みを進める。

あちこちで、控え目に木々が芽を出している。

頭上の高いところで、鳥たちの囀り。







今年の春はどうやら控え目に忍び寄っている様子。






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2018年3月17日土曜日

常緑樹の緑の風



ねえ、お客さん、仕事だったの?こんなに遅いってことは、弁護士?あ、違うんだ。じゃあ、バンカー?へーえ、それも違うのか。彼ら程は稼いでいないって?いや、ああいった人たちだって、そう稼いじゃいないさ。そんなもんだって。疲れているって言うけど、俺だって休みなしで仕事だよ。でも5月にゃバカンスに行くよ。どこってアルジェリアさ!そうさ、アルジェリアは素晴らしい国だよ。お客さん、アルジェリアの料理しか知らないって?俺は、あと5年もしたらアルジェリアに帰って、ヴィラを造るよ。そして旅行者を泊めるんだ。そう、プール付きのね。家族はみんなあっちにいるよ。へえ、お客さん、日本人なのか。子供3人いるって?大したもんだ。なんだって?子供たちは、それぞれ出て行ってしまっているのかい。日本人ってのは家族第一なんだろう?子供たちは両親を尊敬し、成人になるまでは家にいるし、結婚しても常に親に会いに来るんだろう?ああ、子供たちはフランスで育っているから、フランス式なのか。っていうか、お客さん、何歳なの?なあんだ、未だベベじゃないか。はっはっは!こりゃあいい。べべが3人のべべを産んだってさ!

お客さん、日本には帰らないのかい。日本人の旦那を見つければいいだろう。すぐに相手は見つかるさ。日本人は良い国民なんだろう。日本はいい国なんだろう。でもさ、そしたら、どうだい。アルジェリアに来ないか。俺の家はアルジェにあるんだ。そうさ、空港からすぐに行ける場所だよ。アルジェリアの中心さ。アルジェリアの人はいいぞ。心優しく、なんといっても家族を大切にするよ。そう、日本人のようにね。で、アルジェリアじゃ、日本人はとっても尊敬されているんだ。お客さん、人気者だよ。俺たち、日本人のスポーツ精神に憧れているんだよ。皆柔道をしているよ。え?お客さん、スポーツしないのか。なになに?でも魂は持っているって?はっはっは!そりゃあいい。柔道家の魂を持っているんなら大歓迎だよ。問題ないさ。いい男がいるよ、国には。言葉?俺たち、9割はフランス語をしゃべるよ。問題ないだろう?おいでよ、アルジェリアに。

アルジェリアで知っていることは料理だけじゃない。セメント工場建設に力を注いだ大先輩を思い出す。大先輩の目から見た紺碧の乾いた空を想う。

真夜中の市街を走るタクシーの小さな空間で、エンジン音だけが静かに響き、動かない紺碧の空にオレンジ、ナツメヤシ、カシ、ユーカリ、オリーブといった常緑樹の緑の風が駆け抜けていった。





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2018年3月11日日曜日

春来たりなむ








遅い3月の雪もすぐに融け、そろそろ土に同化しそうな湿った枯葉の隙間から緑が見え隠れしている。雪にすっぽり埋まって瞬間冷凍しただろうクロッカスたちは、のんびりと自然解凍し、当たり前のように鮮やかな黄色い花を青空に向かって開いている。花壇ではヒヤシンスやチューリップはおっかなびっくり緑の葉を伸ばし始めている。

庭の奥で色合いの違う輝きが気になって、キッチンの戸から外に出て見ると、やわらかな風に迎えられ、一瞬立ち止まる。ゆったりと庭の奥に足を運べば、そこで小さな水仙の精に出会う。

もとの家主が愛情をこめて作った庭には、春にはクロッカス、ヒヤシンス、チューリップ、水仙が咲き乱れ、リラが咲き誇り、さくらんぼ、クエッチ、ミラベル、梨、林檎の花が満開となり、メーデーの頃には鈴蘭が可憐な花をつけ、藤の花が甘く香り立ち、菖蒲が咲き、さくらんぼが実をつけ、初夏には薔薇があちこちで香気を放ち、牡丹、芍薬が華やかに咲き、レインクロードがたわわになり、真夏には紫陽花や葵が鮮やかに咲き、山吹色の枇杷が実り、夏の終わりには黄金の粒ミラベル、そして、紫色のクエッチが熟れ始める。

この庭では、確か水仙は垣根沿いに揃って並んでいたはず。そして、かなり立派な葉と茎をもち、しっかりとした花をつける。ところがどうだろう。この裏庭の水仙は、手のひらに入ってしまいそうな可憐さ。

あやふやな記憶をたどる。
いつもこの裏庭には小さな水仙が咲き乱れているのだろうか。そして、この一株だけが今年は咲いているのだろうか。或いは、この一株だけ、どこからか飛んできた種から芽を出し、今年初めて花をつけたのか。

確か垣根沿いの水仙は、未だ蕾さえもつけていない。

春の訪れを知らせに来てくれたのか。
春の陽射しを浴び、黄色い花びらが一層色を濃くする。

春来たりなむ





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2018年3月6日火曜日

海風






もう何回も行ったような気がしているが、よくよく考えると一回だけなのだろう。
明るい陽射しに海の風。
通りに連なるテラスからは、お昼からジョッキを片手に人生を謳歌する人々の賑わいが心地よく響き渡る。

ガウディの作品があちこちに楽しめるグエル公園。
サグラダ・ファミリア教会。確か入り口が工事中で、いや、あそこは、今でも建設中なのか。

バールで幾つもの種類のタパスをつまみながら、冷えたビールを味わう。
ガーリックとハーブが効いたマテ貝。蛸のフライ。
誰をも最高の気分にさせてくれる。

そう、そんな気分でいた時、隣でジョッキを傾けていた友人が真剣な顔で宣言する。
「もしも、これから僕の発言や行動で君を少しでも傷つけることがあれば、どうか許して欲しい。そして、分かって欲しい。それは僕の本意ではないことを。心の底から君を尊敬している。決して君を傷つけることも、悲しませることもしないと誓うよ。」

回りくどいながらも、すごいセリフじゃないか。
こちらはビールでハイになっている上に、賑やかなバールで美味しいマテ貝をつまんで、最高の気分になっている。
笑って相手の肩を叩いたのか、膝を叩いたのか、今となっては忘れてしまった。
言った本人もきっと今では言ったことも忘れてしまっただろう。

あの特殊な空間によって、言葉が紡ぎ出されたに違いない。
バルセロナでは、何でもありえる。
それが、バルセロナ。

そんなバルセロナに、長女バッタが大学の試験休みで遊びに行っている。
さて、彼女はバルセロナでどんな夢をみているだろう。



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2018年3月3日土曜日

南国の春を想う








ひょっとしたら。
そんな期待でBIOのマルシェを覗いてみると、濃厚な山吹色の小ぶりながらもしっかりとした、先っぽがつんと突き出た形が愛らしい果実がおしゃべりしながら並んでいる。

手に取ると弾けんばかりのにぎやかさ。
ぱっと甘やかな香気が舞う。

未だお会いしたことはないけれど、もう何度もお会いして、素敵なお料理を教えていただいたり、浜辺を一緒に散歩したり、マルシェに買い物に行ったり、庭のさくらんぼを採ったり、とりとめもなくお喋りをしたり、、、そんなお付き合いをさせていただいている気になってしまうFleur de sel(塩の華)さんから数年前に教えていただいたベルガモット。今、この時期にしかマルシェに出回らない旬の果物。

欲張らずに、それでも、ちょっと大目に紙袋に入れて脇に抱える。散歩がてらにと車で来ていないことを恨めしく思いつつも、丁度切らしていた醤油、久々のお豆腐など、ついついBIOのお店だからこその品物を買ってしまう。

早速、塩の華さんのブログでレシピ ふんわりしっとりレモンケーキを確認。

キッチン中が甘く優しい香りに満ち溢れてくる。

モロッコ産のベルガモット。
紺碧の空、アーモンドの花、ベルガモットの緑の葉。。。

南国の春を想う。



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